新たなイノベーション創出の場 リビングラボの可能性
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- コラム
「リビングラボ」という言葉を知っていますか。市民や社会を中心に据えて、ものづくり・サービス・政策等を創り出す新しいイノベーション創出の考え方です(Citizen Centered Innovation)。みなさんの日々の生活や仕事の現場などを研究の場に見立て、多様な主体と協同してデータを一緒に分析したり、アイデアを創出したりしながら、新しい社会的価値を生み出していきます。今後、リビングラボのプロジェクトにかかわるコンサルティングも増えると言われています。
リビングラボとは
従来の企業開発と何が違う?
「Living(生活)」と「Lab(実験現場)」を組み合わせた言葉で、その名の通り研究開発の場を人々の生活空間の近くに置き、生活者視点に立った新しいサービスや商品を生み出す場所を指します。また場所だけでなく、サービスや商品を生み出す一連の活動を指すことも多いです。従来の企業のサービス開発では、ユーザーへのインタビューやプロトタイプ体験といった場所の試みは一般的ですが、主体はあくまで企業側です。リビングラボは、ユーザーがより主体的に参加し、企画や開発について意見を出すだけでなく改善に向けて活動することが大きく違います。
リビングラボの歴史
リビングラボという言葉は、1990年代前半にアメリカで生まれたと言われていますが、この活動はアメリカよりもヨーロッパにおいて定着・発展してきました。2000年頃から北欧を中心に活動が展開され、2006年以降はEU全体にリビングラボが広まりました。2016年1月時点で、ヨーロッパを中心に世界50か国・388のリビングラボが活動していて、近年では日本においても、行政、研究機関、企業が運営主体となったリビングラボが誕生しています。
リビングラボのステークホルダー
主役となるのは、ユーザーや市民など開発中のサービス・商品を利用する立場の人やグループです。企画・開発・評価テスト・改善といったすべてのプロセスに、こうしたステークホルダーが参加します。
リビングラボの種類
リビングラボは目的や運営組織によって、大きく4つに分類されます。1種類に特化して運営されているわけではなく、数種類のタイプが混在しているケースもあります。
利用者主導型
企業が自社のサービスや製品など事業開発推進のために運営するリビングラボです。企業がユーザーの意見や知見をまとめて企画・利便性向上・事業戦略に活かすことから事業主導型とも呼ばれています。
実現者主導型
公共機関やNGOなどエリアマネジメントを行う組織が運営するリビングラボです。助成金を受けるケースも多く、地域の課題解決を目的として運営されるため、地域主導型と呼ばれることもあります。
プロバイダー主導型
教育委機関や大学、コンサルタントなどが運営するリビングラボです。市民の日々の生活向上を目指して運営されます。
ユーザー主導型
ユーザーや一般市民本人たちが生活における問題を持ち寄り、自分たちで解決に導くリビングラボです。生活者主導型とも呼ばれます。組織化が難しいため、あまり見られないケースになります。
リビングラボのメリット
行政にとってのメリット
市民の意見から行政側が認識していない地域の問題が明るみに出ることがあります。また、行政だけで地域の問題を解決しようとするとコストや人材不足の心配があります。リビングラボであれば市民や企業とアライアンスを組んでいるので、コストの削減や人材不足の解消に協力が得られる可能性があります。
ユーザーや市民にとってのメリット
地域の問題に自分の意見を直接反映させられるのは、市民にとってメリットです。活動を通じて潜在的な問題に気付いたり、社会参加を実現できたりします。
企業にとってのメリット
従来のインタビューやマーケティングリサーチよりもユーザーとの関係性が深くなります。潜在的なニーズの発掘のチャンスにもつながります。また従来のリサーチではモニターの募集などそれぞれのユーザーと個別につながる必要があり、手間や時間がかかっていましたが、リビングラボであれば市民グループと組むケースも多く、まとまった数のユーザーと一気につながり、調査研究の効率化が図れます。
リビングラボのデメリット
意見がまとまりづらい
ステークホルダーが多すぎると、結論がまとまりづらいこともあります。また稼働の結果、まとまったアイデアなどの知的財産権を誰が所有するかという問題もあります。ゴールを定めてステークホルダーを絞り込むことが重要です。
イノベーションが起こらないことも
市民が主体となるリビングラボでは、市民次第で想定していたアウトプットが出てこないこともあり得ます。結果が出ないことも想定して、ほかのプランも事前に検討しておきましょう。
市民の参加促進が重要
リビングラボに協力してくれる市民・ユーザーが集まるとは限りません。また主体的に行動してくれたり、意図を理解してくれたりしてくれるかはわかりません。意識の高い人々に参加してもらえるような仕組みやきっかけを作ることが重要です。
情報漏洩リスク
企業ではサービスの開発段階に機密事項が含まれるケースがほとんどです。多くの市民が参加するリビングラボでは情報漏洩のリスクは高いと言えます。ステークホルダーや参加者が決定した後、すぐに知的財産権の扱いについて通知しておきましょう。
リビングラボにおけるコンサルタントの役割
今後、コンサルタントとして開発やマーケティングなどのプロジェクトを進める際、リビングラボを活用する機会も出てくるでしょう。日本ではまだ知名度も低いこともありプロジェクトに組み込むには、市民の意識を高める取り組みも必要です。こうした取り組みでの仕切りこそ、コンサルタンティングの能力が問われる場となります。ステークホルダーの絞り込みや目標設定、それに必要な根回しや資料集め、分析・予測なども重要な役割です。また、参画する企業や教育機関、官公庁とのコミュニケーションもコンサルタントの介入が必要になります。
リビングラボの国内事例
多様な参加者で構成されるリビングラボの事例を紹介します。
厚生労働省「介護ロボットの開発・実証・普及のプラットフォーム」
2020年8月に始まった事業で、介護ロボットの開発から普及までの流れを加速化することを目的としています。事業の一環として東北大学やSOMPOホールディングスなど全国8か所にリビングラボが設置され、企業が開発するロボットの安全性や使用効果を評価・検証することができます。
横浜のリビングラボ
横浜市内のエリアの名前をつけたリビングラボが、15か所以上で活動しています。南区井土ヶ谷のリフォーム会社と住宅供給公社のコラボレーションにより生まれた「井土ヶ谷リビングラボ」、企画会社やフェリス女学院大学が運営に関わる泉区の「緑園リビングラボ」などです。空き家問題や女性の活躍など、それぞれのエリアの課題に沿った活動を展開しています。
鎌倉リビングラボ
2017年1月に、今泉台町内会や鎌倉市などが連携してスタートした「鎌倉リビングラボ」。様々な企業の新商品や試作品を、今泉台町内会が中心となって使用し、そこで出た意見をサービスや商品の開発に活かしています。活動の企画運営には、東京大学高齢社会総合研究機構も携わっています。
最後に
リビングラボが今後ますます広がれば、多くの一般市民にとって、より利便性が高いサービスが行政・民間問わず増えると言われています。フリーランスで活躍するコンサルタントにとっても、新たな調整や活躍の機会が生まれるでしょう。リビングラボの知見を深めておくことは今後の活動において損はないです。